ファンファーレと熱狂

今日ふれた音楽、記事、映画、本の備忘録

表現と表現と

インスタグラムが急に嫌になってなんでだろうな、と思いながらfilmarksとか食べログとか見ていたらなんとなくその理由がわかった。

昨日ゆりあぺむぺるで赤いクリームソーダを飲んだんだけど、クリームソーダもパフェも同じような角度で撮られたものがたくさん挙げられてるなあとか思いながら。

いろんな媒体で、例えばこのはてなブログもそうだけど、私たちは表現することが許されているわけなんだけど、これだけ多くの人が発信していると物に対する視点って数パターンしかないんだなということが目に見えてわかってくる、だけど本当にそうですかって話で。表現に明らかな正解ってあったっけね、あったとしてもどれだけ売れたかとかそういう商業的な正解であって、文化面での優れみたいなものってそこまで明らかじゃなかったのではないかと思う。

filmarksを見ると同じ視点からの感想が腐るほどあって大体3パターンくらいに別れている。それって他の人の感想を見たからそうなるんじゃないんですか、と思わざるを得ない。インスタで見た可愛い食べ物食べに行ってそれを自分で投稿するのと何が違うわけ、それは。自分の感想を他人の感想で翻して、うまいこと言ったんじゃなくて他人の感想を言い換えてるだけなんじゃないのか。同じ感想言うなら意味ないし、うまく言う必要もないしぐちゃぐちゃの感想を見たい、どうせ誰も見てないしすぐ忘れる。

ていうこの話も何パターンのうちのひとつでしかない。結局は感情、考えにオリジナルって本当にないんだろうな。そうなると上の文の意味がなくなっちゃったけど、まあ。